「ホンダもじき、ここから寄居に行っちゃうんだろうかねぇ。」
今から10年も前の2009年、埼玉県狭山市の理容店で働いていた友人がお客さんからそんな話をされたそうです。
当時はまだ寄居工場も稼働しておらず、まだ「そういう話があるらしい」程度でしかありませんでした。依然として狭山市はその当時「国内におけるホンダの生産拠点」であり続けていました。
それから10年後の今、ホンダは苦境に立たされています。
今年の1〜3月期の決算で、営業利益が530億円の赤字に転落したのです。
「技術のホンダ」として世界に冠たる大企業となった日本を代表する会社に、いったい何が起きているのでしょうか。そしてホンダを支える多くの社員たちはどうなっていくのでしょうか。
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売上好調!なのに赤字…の舞台裏
ホンダが赤字になった、とはいえ、会社全体が業績不振なわけではありません。
二輪部門、つまりオートバイは好調で社内の稼ぎ頭として好業績を上げています。大排気量の高級バイクも人気ですが、ホンダと言えばなんと言っても世界中で根強く愛されるロングセラー「スーパーカブ」ですね。

今回の赤字転落は自動車、いわゆる四輪部門の業績不振が足を引っ張る形になっています。まあ何となくわかりますね。今の若い世代は給料も増えず、非正規雇用も増えている中、何百万円もする自家用車なんて買える余裕なんかないという人、多いんじゃないでしょうか?


ですが今回の発表によると自動車の販売台数自体は減っているわけではないということなので、いわば「売れているけど儲からない」状態なんですね。
それにしても二輪部門の儲けまで喰い潰して赤字を出すって、かなりマズいんじゃないですかね。いったいなぜこんなにホンダの四輪部門が低迷しているのでしょうか。
その原因として
- コストのかかり過ぎる多車種の製造・販売
- 度重なるリコールによる品質低下のマイナスイメージ
- 社内改革を妨げる経営陣の内部対立
の3点にあると言われています。
コストのかかり過ぎる多車種の製造・販売
一つ目の問題は、いろんな種類の車を増やしたはいいものの部品の規格が共通化できておらず、過剰な設備投資とあわせてコストがかかり過ぎたこと。
ホンダは創業者・本田宗一郎のモノづくりの哲学を受け継ぎ、技術研究所を本社から独立させて目先の利益にとらわれない自由で大胆な開発を行ってきました。
しかし研究所側はたくさんの設計図を本社に出せばそれが自分たちの利益にもつながることから、いつしか他の車種には流用できないオリジナルな部品が増え続けてしまったのですね。
それで料理の値段は他の店と変わらず、ではレシピ開発の手間と材料費だけかかって儲からないのは誰でもわかるよね。

車の製造は大分ロボット化されたとはいえ、まだまだ大勢の熟練工が不可欠です。自動車産業は人件費が高く、一台作るのにも売値並みのお金がかかるのでは、利益は出なくて当然です。
さらに前社長の伊東孝紳氏が大幅な事業拡大を目指し、地域ごとのオリジナルモデルを増やしたり、生産台数を上げることに躍起になったことが失敗を生みます。
大規模な「リコール」問題でした。
度重なるリコールによる品質低下のマイナスイメージ
これはニュースでも散々報道されましたが、全ては外部部品メーカーに発注していたエアバッグの不具合が原因でした。海外では死亡事故も発生しており、現在もなおホンダ以外のメーカーでも度々問題になっています。
ホンダ、エアバッグの不具合で「フィット」「ストリーム」「CR-V」など14車種50万8153台をリコール
ホンダは特にこの会社からエアバッグ部品の供給を多く受けており、フィットはなんと5年間に14回ものリコールを行なっています。
伊東体制の元「早く、安く、うまいものをたくさん」作れと現場にハッパをかけ続け、製造部門から十分な品質と安全性のチェックを求められていたものを無視して売り出した結果、製造業としては致命的な品質低下のレッテルを貼られてしまうのです。
ましてやホンダはものづくりの伝統を重んじる「技術のホンダ」。そのイメージダウンは計り知れないものがあります。失望したエンジニアが数多く会社を去ってしまいました。

社内改革を妨げる経営陣の内部対立
そしてこの頃から社内では二輪部門と四輪部門の対立姿勢が浮き彫りになります。業績が好調の二輪部門は総合研究所内の二輪部門チームを引き抜いて一本化し分社化をしたい、と言い出したのです。
そんな中、無茶な拡大路線で疲弊した会社をどうにかしようと抜擢されたのが、現社長の八郷隆弘氏です。ところがこれまた対立の火種を生みます。
八郷社長と、副社長に就任した倉石誠司氏は共に中国で事業を展開してきた中国派。ところが主にアメリカ市場で働いていた北米派の幹部たちは、この2人がトップになることを快く思いません。中国派の幹部ばかりが出世コースに乗る現状に不満を募らせ、重要なポストを要求しているというのです。
アメリカでは依然としてホンダの人気は高いものの、セダン車離れの傾向が進み「アコード」の販売は苦戦を強いられました。四輪部門の不振は北米市場の落ち込みにも原因があるのですが、それと権力闘争とはまた別、ということでしょうか。
ところが対立はそれでは終わりません。
同じ中国派の中で八郷社長と倉石副社長の関係にもほころびが出始めているという話がここにきて現れてきています。
同期入社で仲の良いはずの二人。一体どういうことなのでしょう。
もともと八郷氏は温和な人柄であり、役員の間のコミュニケーションにも腐心したそうです。部下の意見を取り入れる「ボトムアップ型」の社長として開発方式の見直しやコストダウンなどの改革を指示し始めました。
しかし一向に成果が上がらず、進めていたはずの効率化も現場では全くなされていない。「効率化するとポストが減る」と現場からの改革案も管理職や経営陣から潰されてしまう有様。
社内ではこれらの改革案を潰しているのは倉石副社長だという批判が出始めており、八郷社長がそのことに気づいて二人の間が怪しくなり始めている、という話なのです。
ここにきて複雑な社内対立が表沙汰になったホンダ社内。
非効率・高コストを改め規格の統一化によるコストダウンなどをようやく導入しますが、現場がいくら頑張っても上が足の引っ張り合いに明け暮れる。出世した技術者は管理職になって役員の顔色をうかがう有様。
そこにきて今回の赤字転落。
有能な社員なら嫌気がさすのは無理もないわね。
翻弄される社員たち。我々はどこへ向かうのか
新卒で入社したにもかかわらず3年で退職した元社員のブログ記事が業界界隈で少なからぬ反響があるようです。
これがあのホンダなのか?虚無と失望のエンジニア
この筆者は若くしてホンダの技術力と理想に強い感銘を受け、懸命に勉強して技術者として念願叶って入社しただけにその当時の現状への失望が大きかったのでしょう。その中には、社内で技術開発をせず、外部サプライヤーに丸投げで工程を管理するだけの「機能買い」「パワポエンジニアリング」に関する批判がつづられています。
ホンダという大企業の内部事情の暴露ゆえでしょうか。このブログには意外なほど多くの反響が寄せられました。
中には部品や技術を下請けや外部に委託するのはどの会社でも常識。クルマに限らずAppleのような会社でもそうしている、こうした批判は的外れだという意見もあがっています。
NECの次はホンダ。なぜ日本で告発記事が出回るようになったのか
まあ確かにそう言われればそうなのですが、クルマが好きでホンダの理念に憧れを抱いて入社してくる人は少なくありません。そうした強い想いを持った優秀な技術者が現在の社内の状況に不満を持って会社を去っていっているのは確かです。
ではホンダを去った彼らは一体どこへ行くのでしょうか。
残念ながら具体的な転職先に関しての資料は見当たりませんが、自動車業界の転職サイトを見る限りは同業種の部品メーカーや完成車メーカーに行く人が多いようです。とくに技術者としての誇りやこだわりのある人であれば、大企業の肩書きよりも自分の手で技術開発に携われる中小のサプライヤーメーカーを選ぶ傾向が強いようです。
またより良い給料や待遇を求める人であれば韓国など海外のメーカーへと流れていきます。ホンダでのエンジニア経験は様々な分野のメーカーで重宝されますが、必ずしも今まで自動車と関係のあった会社へ行くとは限りません。その理由としては、自動車産業の大変革、「CASE」と呼ばれる流れが起きているからです。

エンジンが不要になったり、ネットにつながったり、自動で制御したりする、自動車の構造そのものが大きく変わることを言うんだ。 今まで車とは関係なかった製造業との共同作業が必要になるんだよ。
皆さんの中にはプラグインハイブリッド車や電気自動車を使用されている方もいるかと思います。今後電気自動車が主流の時代になると、ガソリンエンジンからバッテリーなど、従来のクルマとは全く違う構造の部品を使った全く違う姿のクルマになってきます。
そしてここにきてソフトウェアや制御系などに強いエンジニアの転職先として、IT企業が浮上してきました。
近年高齢者ドライバーを中心に相次ぐ事故を受けて、自動運転車の開発と普及が急がれます。そのためにはネットに接続されたクルマが地図や道路、交通状況などの膨大なデータをリアルタイムに処理する技術が不可欠です。
トヨタとSoftBankが提携して新しい交通の時代に対応を始めたように、これからの自動車にIT技術は必要になります。先見の明のある技術者ではこの分野に活路を見出してIT業界を志す人も増えています。
おらが地元の町工場。閉めたら明日からどこ行こう
とはいえいくら優秀なエンジニアが技術を開発しても、それを実際に組み立てるのはロボットとそれを管理し操縦する人間です。そしてロボットには苦手な複雑で細かい工程は人間の手作業が欠かせません。
ですが今回ホンダが赤字を計上してしまったことで、より一層の経営の効率化を求められることは確かです。
その影響を最も受けるのは工場で働く期間工社員であり、その多くが冒頭に登場した埼玉県狭山市の狭山工場で働いています。
埼玉県寄居工場は2013年に操業を開始し、最先端の設備を備えた国内生産の新しい拠点として「インサイト」「フィット」「シビック セダン」などの人気車が生産されています。
老朽化が著しい狭山工場は2021年に閉鎖されることが決まりましたが、そこで働く社員は寄居へ異動させる方針だそうです。
しかし、寄居は狭山市からは車で1時間かかるほど遠く、都心からもかなり離れた内陸部。通勤に難色を示す社員もいるでしょうし、そもそも4600人ともいわれる狭山工場の従業員を全て面倒見きれるとはとても思えません。
熊本や鈴鹿への異動もあり得るし、期間工はクビを切られる可能性も否定できません。
では寄居に移らず、あるいは移れず会社を離れることにした工場の期間工社員はどこに行くのでしょう。

狭山など半ば企業城下町に近い形で地元の人が多くその企業で働いていると、いざ撤退となれば地元自治体への経済的打撃は深刻です。工場があることで地元の雇用や消費活動が支えられていただけに、薄々わかっていたとはいえその時が来ると混乱は避けられないと思います。
市は既に工場跡地に物流や製造関連の企業誘致を行なっていると言われており、自動車産業にこだわりがない労働者であればそちらへ流れることも考えられます。
また狭山市には狭山工業団地に大日本印刷やロッテの工場もあり、ホンダの子会社でもある八千代工業もあります。埼玉にはホンダの小川工場もあるので、狭山工場で働いていた期間工社員の中にはこうした職場へ転職する人もいるでしょう。
まとめ
拡大路線と品質低下問題、その後の社内対立で停滞した改革の末に、ホンダは赤字転落を喫しました。その挙句優秀なエンジニアを大勢失いました。
そして更なる合理化と効率化で長年会社に貢献してきた熟練期間工が大勢会社を離れる危機にあります。
100年に一度の大変革を迎える自動車業界でこれからのホンダはどうなっていくのでしょうか。そして本田宗一郎はあの世でこの状況を見て何を思うのでしょうか。
ですが大変革の時代には混乱は避けられません。例え会社は違えど、クルマがかつての構造と形を変えてしまっても、そこに必要とされるテクノロジーはかつてホンダで技術を学んだ多くの技術者が支えてくれるはずだと私は信じます。
仮にホンダが四輪から撤退することになっても、その技術へのプライドは二輪やロケットエンジン事業、ASIMOで培ったロボティクステクノロジーにも息づいています。そしてちょうどこれを書いている時に、ホンダのエンジンがF1で13年ぶりの優勝を果たしたというニュースが入ってきました。
もはや不毛な内部対立に明け暮れるヒマはありません。ホンダが自由で独創的で、よりITとAIの時代に即した効率的な開発環境を取り戻すのは今が正念場だと言えるのではないでしょうか。



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